死は記憶を編集する

鐵舟です。スーパーや果物屋をはじめとした地元のお店では桃の香りがするようになってきました。

私は桃が好きで、さらに祖父母が桃農家なので落ち着いていられない季節が来たというわけでございます。

おかげさまで去年の今頃と比べると、ついに細々とですがラップを始めたり、少しずつ絵も拡散されるようになってきました。皆様のおかげです。特にこのブログに来てくださるようなコアな方々には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今日は運命と笑点の話

 

ふと「今日は扇子を持って大学に行こう」と、今年初めて棚から扇子を引っ張り出したその日、桂歌丸さんの訃報を知りました。小学生の頃「タイガー&ドラゴン」をきっかけに興味を持った落語の世界。いつしか興味は笑点にまで広がり、番組の歴史を調べるほどにはまってしまっていました。その時は歌丸さんは当然ながら、歌丸さんの「喧嘩相手」とも言える、若くして亡くなった三遊亭小圓遊さんに興味を持っていました。変な話ですがそういうポジションに惹かれるようです。それからは、毎週笑点をみていました。歌丸さんが勇退されてしばらくしてテレビが壊れてしまったのでそこまででしたが、とくに歌丸さんの魅力的な声と知的な喋りが好きだったのです。

 

個人的にですが水木しげる先生と桂歌丸師匠、そして中曽根康弘元総理は死なないもんだと思っていました。今となっては一番年上の中曽根さんだけがご存命ですね。彼にはこのまま歴代最高齢総理経験者を目指して欲しいです。

 

私は不思議なことに、知っている誰かが亡くなると、何かしらを運命づけてしまいます。

イメージとしてはいままで正順に進んでいた人生の点と点を結ぶ線が「死」の地点に達した時、その地点から回路を組み直して逆順に結び運命的に仕立て上げるような感じです。

あの時のあのセリフは死を予知していたのでは?って思う時ありませんか。そういうやつです。なんか全部フラグだったようにしか見れない、みたいな感じで。

 

本題が変に短くなってしまいましたがこれ以上長くしても読む気がなくなるだけだと思うので切りますね。また今度。最近は書くことは多い気がします。